油の酸化
■油の酸化とは
■油の酸化を促進する要因
■酸化の測定と評価
■油の種類と酸化
■油の酸化に関する法規制
■包装による油の酸化防止方法
油の酸化とは
油脂性食品は長期にわたって保存しておくと、空気中の酸素、湿気、熱、光、金属イオン、微生物あるいは酵素などの作用によって、不快な臭いを発し、味が劣化して商品価値を減ずる。油脂成分が変化した食品は栄養価値の低下を伴い、さらに酸化が進むと毒性を示すようになる。これらの油の劣化現象を酸敗あるいは変敗と呼んでいる。
油脂の酸敗には空気中の酸素による酸化型酸敗(アルデヒト型酸敗ともいう)のほかに麺かびや青かびなどの微生物の作用による加水分解型酸敗(油脂酸型酸敗ともいう)とケトン型酸敗がある。後者の二つは酸化型酸敗に比べると起こりにくい。したがって、ここでは、酸化型酸敗ついて述べることにする。
油脂を空気中に長期間放置しておくと、油脂中の不飽和脂肪酸が酸素を吸収して、不安定な過酸化物(パーオキサイド)を生じ、これが転位して、不飽和のハイドロパーオキサイドを生ずる。これらの一連の現象を自動酸化と呼ぶ。
まず、油脂の酸化の反応初期においては、酸素の吸収はあまり認められずa点までは反応速度が非常に小さい。このa点までの期間を誘導期間と呼んでいる。しばらくすると酸素の吸収が烈しくなりb点までは対数的に促進する。それからb点を超えると基質濃度の低下と反応性の蓄積などにより、酸化の速度は次第に遅くなり、c点で反応は停止する。この反応生成物にはアルデヒド、アルコール、カルボン酸などがあり、これらが不快な変敗臭の原因物質となっている。
油の初期の酸化で生ずる臭を「もどり臭」と呼び、かなり酸化の進んだ状態の臭を変敗臭と呼んでいる。この「もどり臭」という言葉は魚油などの海産動物油を放置しておくと、粗製の魚油の臭によく似ているため、「臭がもどった」ということでこのように呼ばれている。
油の酸化を促進する要因
油脂の酸化は、酸素、温度、水分(湿度)、食品のPH、金属イオン、光などによって影響をうけ、これらの要因の一つでも軽視することがあれば、酸化による事故発生の危険性が生じる。
①酸素の影響
油脂の酸化に対して影響が最も大きいのは空気中の酸素である。空気中には約21%の酸素が含まれており、我々の生存には不可欠のものであるが、食品の保存にはありがたくない存在である。この酸素が油脂と結合して酸化反応を起こす。 一般には、空気中の酸素濃度で十分に酸化は進行する。したがって、包装資材に酸素透過度の非常に低いフィルムで密封したとしても、袋内に十分な空気があれば、酸化防止の目的はほとんど果たせない。包装で酸化防止をするには、食品の雰囲気中から酸素を除去することが必要で、一般には真空包装、ガス置換包装、脱酸素剤封入包装などが行われる。
食品の表面積によっても酸化速度は異なり、酸素と接触する部分が大きければ大きいほど酸化速度も大きくなる。凍結乾燥食品、粉末状食品、スポンジ状食品などでは特に注意が必要となる。表面積が大きい場合は、0℃以下に保存してもかなり酸化は進行する。冷凍食品の油焼けなどがその例である。
②温度の影響
油脂の酸化速度は、温度が高いほど大きくなる。一般には、10℃上昇するごとに反応速度は2倍になるといわれている。したがって、製造工程における加熱条件、販売経路における温度管理も大きく影響する。
加熱による油の変化は大きく、製造工程における加熱温度、時間、新油・終油の品質チェックなどには特に注意する必要がある。酸化による事故の中で、この原料油の品質劣化が原因となることが非常に多い。劣化油を使用することにより、前述の模式図でa点までの誘導期間が短くなり、商品寿命が著しく短縮してしまう。
③水分の影響
食品にはそれぞれ適切な水分含量というものがあって、それより多くても少なくても、その食感は低下する。同じように、油脂の酸化についても、最も酸化しにくい水分含量というものがある、たとえば凍結乾燥食品では、脱脂粉乳2.98%、チキンスープ1.18%、牛ひき肉6.19%などで、これらの水分含量が油脂の酸化防止のために最も適切であるとされている。これは、食品に対して、その表面に水分が単分子層吸着し空気との接触を阻止することによるものである。
乾燥食品が吸湿することによって、官能的な酸化の影響が大きくなる。つまり、吸湿と酸化が共存すると品質劣化がより一層ひどく感じられるようになる。
④金属イオンの影響
油脂性食品の酸化を促進させる金属イオンとしては、銅、鉄、マンガン、クロム、ニッケル、コバルトなどで、酸化触媒として作用する。
銅の場合0.01ppm、鉄で0.1ppm程度の混入でも強く影響するため、前処理、製造、保存などの過程において、金属類との不必要な接触はさけるべきである。また、原料や用水のチェックも重要な項目である。金属イオンが触媒となった場合は酸化の進行速度が非常に大きくなり、事故が起こりやすい。
⑤光の影響
太陽光線、蛍光灯などの光線も酸化を促進する大きな要因である。真空包装やガス充填包装でも、光照射によって酸化防止効果がほとんどなくなってしまうほど影響は大きい。
太陽光線はいろいろな波長の光の集まりである。一般に、紫外線のように、波長が短い光ほどエネルギーが大きく、強く酸化を促進する。可視光線も光量がありエネルギーも比較的大きいので、十分に酸化を促進する。各種光源の波長分布を次の図に示した。
蛍光灯は、上図のように、太陽光線のエネルギー分布に類似しており、油脂の酸化を促進する。したがって、ショーケース内における蛍光灯照射の影響も無視できない。
一般に包装用透明フイルムは紫外線も可視光線もよく透過させる。UVカットフイルムで紫外線だけを遮断しても、可視光線が通れば酸化は進行する。無色透明であるということはすべての可視光線を透過させることである。光による影響を完全に防止するには、アルミ箔等による遮光包装が必要となる。印刷では、色によって酸化防止効果が異なり、赤系色の酸化防止効果が大きい。
酸化の測定と評価
油脂または油脂性食品の酸化程度を調べる方法として、過酸化物価(POV)および酸価(AV)がよく用いられる。
POVは、油脂の酸価の初めに生ずるハイドロパーオキサイドの含量をヨウ素滴定法によって測定するもので、初期段階の酸敗度を判定する指標として広く用いられている。単位はmg当量/Kgである。この数字が大きいほど酸化が進んでいる。
AVは油脂の劣化を示し、揚げ油の熱劣化の程度がわかる。数字が大きいほど劣化が進んでいる。
・過酸化物価および酸価の測定
油の酸化の程度を評価する方法はいくつかあるが、ここでは過酸化物価(POV)と酸価(AV)が一般的なので、これらの方法を紹介する。POVとAVは分析機器を使用することなく、ガラス器具と試薬のみで測定できるのが利点である。熱劣化の指標としてはカルボニル価も適しているが、ベンゼンを使用するので衛生面で問題がある。
POVとAVの測定には、最低限、以下の設備・器具が必要となる。
・化学天秤(0.01g以上の精度、できれば0.001gまで測定できるものがよい)
・滴定用ビュレット(25mlまたは50ml容量)
・エーテルを追い出すための水流減圧ポンプ
・ガラス器具など 200mlから300mlの共栓三角フラスコ、ピペット、メスシリンダー、ロートなどのガラス器具、ロ紙などが必要である。
・試薬類は薬品メーカーから販売されているものを使用できる。油抽出用精製エーテルもPOV測定 用として販売されている。0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液、0.1Nアルコール製水酸化カリウム液なども市販品があるので調製することは少ない。なお、標定(試薬の正確な濃度を測定すること)が必要な場合は、そのための薬品も必要になる。
あとは化学分析の基礎的な知識があれば測定は難しくない。ただし、エチルエーテルの引火防止、アルカリからの目の保護など、薬品類の取り扱いについては細心の注意が必要である。
・試料の調製
菓子の必要量(酸価及び過酸化物価の試験を行う必要な資料が得られる適当な量)を採り、これを粉砕又は細切りにして共栓三角フラスコに入れ、菓子が浸る程度に精製エーテルを加える。これをときどきふり混ぜながら約2時間放置した後、検体の固形物が流出しないようにロ紙を用いてろ過し、更にフラスコの中の検体に精製エーテルを先の約半量を加えてふり混ぜた後、同じろ紙を用いてろ過する。このろ過した両液を分液ロートに移し、ろ過した液の約2分の1ないし、3分の1容の水を加えてよく振り混ぜて洗い、水層を捨てる。この操作を2回繰り返した後、エーテル層を分取する。分取したエーテル層を無水硫酸ナトリウムで脱水した後、窒素ガス又は二酸化炭素を通しながら水温40℃以下の水浴上で減圧下にエーテルを完全に除去し、残留物を試料とする。この試料は、密栓できる容器に入れ窒素ガスで置換後、水室中で保存する。
・過酸化物価の原理と測定法
POVは、製品になった油菓子の酸化の経時変化を調べるのに適している。特に、劣化油を用いて処理したものは急激なPOV上昇までの誘導期が著しく短縮される。また、光照射を受けたものは保存中のPOVの上昇が著しい。
(原理)
POVとは、油脂が空気中の酸素を取り込んで生成するハイドロパーオキサイド(過酸化物)をヨウ化カリウムと反応させ、遊離したヨウ素をチオ硫酸ソーダ溶液で滴定し、試料1㎏に対するミリ当量数(単位:meq/kg)で表したものである。
-CH2-CH-CH=CH-+2KI→CH2-CH-CH=CH-+I2+K2O
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OOH OH I2+2Na2S2O3=Na2S4O6+2NaI
(測定法)
試料約5gを精密に量り採り、共栓三角フラスコに入れてクロロホルム・氷酢酸混液(2:3)35mlを加えて溶解する。均一に溶解しないときは、さらにクロロホルム・氷酢酸混液(2:3)を適当に加える。次いで、フラスコ内の空気を窒素ガス又は二酸化炭素を通じながら飽和ヨウ化カリウム溶液1mlを加え、直ちに共栓をして約1分間混ぜた後、デンプン試液を指示薬として、0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定する。別に同様に操作して空試験を行い補正する。
過酸化物価は次式により求める。
過酸化物価(meq/kg)=((a×F)/S)×10
ただし、
S:試料の採取量(g)
a:0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液の消費量(ml)
F:0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液の力価
・酸価の原理と測定法
AVは揚げ油等の熱劣化指標としてよく用いられる。使用油の品質が良ければ油菓子の酸化に対する品質安定性も向上する。
(原理)
油脂中の遊離脂肪酸の量を測定するもので、油脂1g中に含まれる遊離脂肪酸を中和するのに要する水酸化カリウムのミリグラム数を表す。
RCOOH+KOH→RCOOK+H2O
(測定法)
試料約10gを精密に量り採り、共栓三角フラスコに入れてアルコール・エーテル混液(1:2)100mlを加えて溶解する。これに、フェノールフタレン試液を指示薬として、30秒間持続する淡紅色を呈するまで0.1Nアルコール製水酸化カリウム溶液で滴定する。
酸価は次式により求める。
酸価=(5.611×a×F)/S
ただし、
S:試料の採取量(g)
a:0.1Nアルコール製水酸化カリウム溶液の消費量(ml)
F:0.1Nアルコール製水酸化カリウム溶液の力価
(操作の簡略化)
上記の測定方法は、「菓子の製造・取り扱いに関する衛生上の指導について(環食第248号)」の内容を示した。しかし、抽出後すぐに測定する場合や品質確認のための測定であれば、不活性ガスによる置換は省略できると思われる。また、ほとんどの油菓子では、分液ロートによる洗浄操作も省略可能であり、抽出油も冷暗所保管であれば、ほとんど問題はない。誤差を考慮しながら可能な限り簡易化すれば、設備や手間・時間を節約できる。
POV、AVの簡易測定キット
柴田科学器械工業株式会社からは、より簡単に酸化油の判定ができる、POVとAVの分析キットが販売されている(写真参照)。POVは製品の酸化度測定に、AVは使用油の劣化判定に使用できる。試薬までセットになっているものもあり、工程管理、品質管理用として適している。なお、油菓子の検査には油抽出作業が必要である。
なお、このキットの有効期限は6ヶ月間となっている。
POVとAVが示す酸化および劣化の評価
つぎに示すのは毒性の評価ではないが、油の酸化に対する関心が高まったときに、消費者団体による油菓子の実態調査が行われた。その時の評価基準をみると、次のようになっている。
①神戸市消費者協会(昭和49年調査時)
過酸化物価(POV)が50以上または酸価(AV)が5以上を要注意とする
②奈良県 県民生活科学センター(昭和51年調査時)
POVが20以下を良い、21~40を劣る、41以上を食用不可、AVが1.0以下を良い、1.0越え~1.8を劣る、1.8越えを食用不可として評価
③埼玉県消費者センター(昭和50年~51年調査時)
POV20以下安全、21~50好ましくない、51以上さけた方がよい
AV1.8以下安全、1.8越え~2.0好ましくない、2.1越えさけた方がよい
④山梨県消費者センター(昭和51年調査時)
POV10以下まず安全、10より大で20以下はやや安全、20より大で40以下は好ましくない、40より大はさけた方がよい
製品の品質、揚げ油交換などの管理をPOVとAVを用いて判断するためには、POVとAVの数値の適正な評価が必要となる。
上記の情報を考慮してまとめると、POVとAVが示す酸化および劣化の評価は一応次のようになると考えられるが、状況に応じて判断する必要がある。
POV(mg当量/Kg)
0~10未満 :ほとんど酸化していない。
10~30未満 :酸化が進みかけている。
30~40未満 :酸化臭を感じはじめる。
40~50未満 :食べない方がよい。
50~ :酸化がひどい。中毒の危険性がある。
AVでは
0~2未満 :油の劣化はほとんどみられない。
2~3未満 :劣化しかけている。
3~4未満 :かなり劣化している。食べない方がよい。
4~ :明らかに劣化している。中毒の危険性がある。
油の種類と酸化
一般には動物油(ラード、ヘッドなど)より、植物油のほうが、不飽和脂肪酸が多いので酸化しやすい。油の酸化のしやすさはヨウ素価をみればわかり、ヨウ素価が高いほど酸化しやすい。次表に食用油のヨウ素価を示した。
(油脂の種類):(ヨウ素価)
オリーブ油 :75- 88
綿実油 :105-120
カカオ油 :39- 40
コーン油 :111-131
ゴマ油 :103-116
ナタネ油 :95-106
米ぬか油 :92-115
パーム油 :43- 56
サフラワ油 :153
パーム核油 :12- 20
大豆油 :128-142
つばき油 :83- 90
ヤシ油 :7- 11
落花生油 :86-103
ヘッド :32- 47
ラード :4- 8
油の酸化に関する法規制
即席めん類(油揚げ麺)について、めんに含まれる油脂の酸価(AV)が3を越え、又は過酸化物価(POV)が30を越えるものであってはならない。
油で処理した菓子(油脂分10%以上)では、POVが30以下で、かつ、AVが5以下であること、または、AVが3以下で、かつ、POVが50以下であること、となっている。 「油菓子」とは、油脂で処理した菓子で、油脂分を粗脂肪として10%(重量%)以上含むものを示し、厚生省通達(環食第248号)での「油で処理した菓子」と同義語として使用する。油で処理した菓子とは、製造過程において、油脂で揚げる若しくは炒める又は油脂を吹きつける若しくは塗布する等の処理をほどこした菓子をいう。具体的にはバターピーナッツ、フライビーンズ、ポテトチップス、クラッカー、クッキースナック菓子、あられ、せんべい、かりんとう、イカフライなど種類は多い。
包装による油の酸化防止方法
まず、原料油の種類選定や品質管理が最も重要であるが、包装との関連では、袋内の酸素を除去する真空包装、窒素ガス充填包装、脱酸素剤封入包装などの技術があり、なかでも、フイルムを透過してきた酸素も吸収する脱酸素剤封入包装、あるいは、脱酸素剤封入包装とガス充填との併用が最も効果が大きい。またアルミ箔、アルミ蒸着フイルム、印刷での遮光包装も重要で、酸化防止、変退色防止、香気保存などで効果がある。